明治23年(1890)
新潟市医師会及び新潟市内関係 | 新潟県医師会及び 新潟県関係 |
国内他 |
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この年全国にコレラ大流行(死者3万5千227人)インフルエンザも全国に猛威を振う。 |
5.17 府県制、郡制公布(地方自治制の確立)。 12月 新潟白山公園を新潟県より新潟市に移管。 |
4.1 第一回日本医学会開催(東京)。 7.1 第一回衆議院選挙。 10.30 教育勅語発布。 11.29 第一回帝国議会召集。 |
1.2 新潟市医師組合会 市役所楼上に発会 |
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組長に竹山屯を選ぶ。幹事長谷川寛治、伊野宮貢、荒川柳軒、能勢眞朔、工藤彦美を決める。 1.4 私立衛生会新潟支会 西堀六浄泉寺に開会、会頭の近藤幸正、転任に付き送別会を催す。 1月 市立病院長に池原康造就任し、長谷川寛治辞任す。 4.3 住吉町より出火し、南、北毘沙門町焼失。延焼270戸。 |