年表

新潟市医師会のあゆみ

明治42年(1909)
新潟市医師会及び新潟市内関係 新潟県医師会及び
新潟県関係
国内他

1.10 新潟市医師会 市役所楼上に開催、前年度の庶務会計報告あり、会長をはじめ役員全員を重任。

8.2 古町九番町より出火、延焼462戸、この火災に高橋産婦人科医院、阿部眼療院、新潟産婆学校いづれも類焼の厄にあう。

8.6 酷暑、新潟市の最高気温39度。

10.26 新潟市北方に夜1時半頃、極光(オーロラ)現われ火焔天を焦がす。

12.22 二代目万代橋完成、長さ780米、巾6.7米(10数年後木橋の橋体は腐朽して、昭和4年8月23日三代目の万代橋が竣工した)。

6.20 新潟県医師会総会、市役所楼上に開会。

 会長 長谷川寛治以下副会長、幹事全員重任し、議事に入る。

7.5 寺泊町において大河津分水起工式。

8.12 大洪水にて小千谷最高水位16尺5寸に達する。

3.11 モルヒネ及びその注射器密輸入取締方を制定。

4.1 全国の5ヵ所に公立癩療養所新設。

7.17 法第44号により死亡診断書の交付、広告制限等に関する第一次の改正を令す。

10.26 伊藤博文 ハルピン駅頭にて射殺される。

12.21 種痘法施行規則発令(内務省令第26号)。

 之により種痘を受けざる者1人もなく、顔面に痘痕を有する者殆ど見ることなし。